こざこざるつぼ

こざこざしたものを、るつぼに入れてくよ

10月27日 パフォーマンス

先輩たちが随分前から準備していた。いよいよ本番だと、ツイッターでも現実でもどこか浮き足立ったような空気があった。私はそれを横目に、澄ました顔をしながら内心でワクワクしていた。ちょっぴり疎外感も含めて。

 

7月ごろに、パフォーマンススタッフお手伝い募集の案内があった。総合造形の授業。単位は来ないが経験になる。大学生でしかできないことだとクニちゃん先生も先輩方も言うのだから、気になっていた。私は私の大学生活が「今しかできないこと」で埋まることを望んでいる。後悔しないように。

総合造形概論という授業の後、お手伝い募集を呼びかける簡易的なパフォーマンスを先輩方がしていたのもまたやりたい原因の一つだった。白いTシャツにその場で文字を書いていく。最後に脱いだら、やはりお腹と背中にも文字が書いてある。パフォーマンスとはつまりそんな芸術のようななんなのかわからないようなもののことらしかった。

私はそれに随分惹かれた、というか惹かれる自分でありたかったので、すぐにお手伝いの説明会に参加する旨をメールした。周りに本番よく見たいから照明スタッフをするのだと言いふらした。説明会でもやる気満々。ギラギラした目で私は周囲を伺い、誰がいるのかを念入りにチェックした。

ところが8月になって私は自分がもう両手いっぱいにタスクを抱えてしまっていることを知る。知ってはいたのだがいないふりをしてきたものが、いざ消化が始まるにつれよりリアルに、重く、そして充足をもたらした。これ以上はいらないと思った。同時に、きっと全部なあなあで終わってしまうことになるとも。応募フォームは結局ひらけなかった。その選択は正しい。なぜなら、私は今日まで随分忙しかったのだから。

 

19:00開演である。外は真暗闇だった。文化祭で使うダンボールを教室に置いてから、15分前に会場入りした。普段使っている階段は閉鎖され、建物内部を一度通過してから広場に行かなければならない。紙とテープで示されるままに薄暗い廊下を渡り、階段を下っていく。これすらもパフォーマンスなのだろうか。私は自分がはしゃいでることに気がついていた。だけどなんだか悔しくて、認めないようにしていた。

広場はそんなに大きくない。若干ぬかるんだ土に、小さな照明用の櫓がふたつと、観客がたくさん立ち並んでいる。困惑するほどに。私は手近なグループに近づいた。一年生の顔。いつもいるメンバーではないのだけど。それから会場中をふらっと回った。オレンジの照明が眩しい。コートでよかった。10月の夜は冷える。

 

アナウンスが入った。広場の隅に観客ははけない。塊のままパフォーマンスは始まった。後から聞いたことだが、クニちゃん先生が中心にいるよう促したらしい。例年はもう少し広い広場で、中心を開けて観客が座っていたはずだ。

 

いきなりだった。人混みをかき分けるようにしてパフォーマーの先輩が現れた。撮影禁止なのが痛く残念にも思えたし、納得もする。ただこの場にいない人に伝わりはしないだろうと思った。360度会場を囲み、あらゆる高さから送られるオレンジのライトに照らされた異空間。私は観客としての大きなうねりの一部となって、さんざパフォーマーに振り回された。さもありなん。いつ、どこから、どのようにパフォーマンスが始まるか知れない。照明が届かない暗闇からぼんやりと現れる。音だけが先行して思考を阻む。でも悔しいから、決して心が揺さぶられたとは言ってやらないのだ。そこまでではない、気がする。もっと強烈なものを知っている、気がする。

 

黒子から手渡されたシャボン玉はすぐに詰まって吹けなくなった。黒子は説明会で隣に座っていた子だった。目は合わない。彼女は今や黒子なのだ。こすっ辛い、陳腐な鳴き声が筒から抜けていく。私はやたらと恥ずかしくなって、ますます息を吸えない。ライトがシャボン玉を上滑りしていく。先輩方の顔がチラチラしている。観客に紛れて。そうだ、新入生歓迎の時期に一度だけあった人もいる。向こうは私を覚えていないだろう。私も、あなたの苗字と顔しか知らない。

シャボン玉は美しく夜をまわる。観客なのか、スタッフなのかわからなくなる。一部になってしまった、されてしまった。私は恥ずかしさを乗り越え、他の人と同じように、シャボン玉を斜め前方に向けて吹き続けた。手はベタベタ。筒を掴んでいた方の手だけ手袋を外したので、余計寒さがしみた。パフォーマーの叫び声が充満する。

 

魂の叫びだという。21gが叫んでいる、演技ではない、振り絞るような。きっとできない。パフォーマーになることもお手伝いもできない。私はこれだけ誰かの魂を浴びてなお、私なのだ。

 

照明を担当している同学年の男の子を見かけた。つい「お疲れ様」が口をついた。照明のそばで静かに立っていた彼は、初めて私に焦点があった。とっさのことだったからすぐ返事はなかった。私は部外者、観客者としての立場を忘れて声をかけてしまったことに羞恥心を覚え、返事を聞く前に人混みに戻る。なんてことをしたんだろうと慌てて。