こざこざるつぼ

こざこざしたものを、るつぼに入れてくよ

11月7日 焼き芋

全部休んでしまった。ベットの上から動かなかった。ひたすらパソコンでどうでもいい、思考を極端にシンプルにしてしまうような小説を漁った。それは幸福には程遠く、しかし必要な作業だ。私がスケジュールの過密さを幸福と感じ、必要とされているように錯覚することと同等に。

薄ピンクのカーテンが日差しを透かしてオレンジっぽく滲んでいる。私は夜が明けてしまっていることを知る。だけれど、それがどうしても布団から抜け出す理由にはならなかった。昨晩から、私はついに全ての職務を放棄した。人より単位数が多いというささやかな見栄のために取った講義の数々に意味を失い、課題には手をつけないまま、ベットに寝転がる。

 

その日の気分は朝の時点で決定していた。まず携帯がつかなかった。画面が真っ暗。転がっているだけの塊。一瞬震え、沈黙を返して来る。ひどい、私に絶対レスポンスをくれるべきなのに!4:45からバイトだ。25分には家を出なければならない。20分にようやく這いずり出て、コートを羽織り、自転車にまたがった。職場は家から3分。近いから選んだのに、朝の空気は私の手袋と服の隙間からあらゆる熱をさらってしまった。自転車を漕ぎながら、3分間で考えた。何をやってるんだろう。大学に来てまで何をやってるんだろう。それはいつものルーチンだ。たぶん何をやっても考える類の。

バイト終わりに作業が20分も遅れていることを怒られて、急に元気がしぼむのを感じた。そもそもが無理な話なのだ。文句はいっぱいあった。人を増やせ、道具を増やせ、表示を増やせ。だけど私だって働く日を増やして早く覚えるべきで、自分にあった効率化を図るべきだ。だけどそれをするには私は疲れていた。バイトの優先事項は随分低い。単位は頑張らないともらえなくても、バイト代はとりあえずもらえるらしい。

何だかバカバカしくなってベットに沈んだ。夕方ごろ、製図課題を思い出し、また這いずり出て、学校へ向かう。製図は楽しい。誰かと文句を言いながら好きなことをするのはとても。だけど夜が来てしまう。みんな家に帰らなければならない。私も巣に帰るべきだ。普段着のままなんども潜り込んだベットと、薄ピンクのカーテンがかかった六畳1間の部屋が私の唯一の巣なのだから。

遣る瀬無さにはたっぷりの甘やかしが即効薬だと、私は家に帰る道すがらスーパーに行った。ひょうきんな蛍光灯が明るく照らし、昼間のようなのに、野菜の入っていた箱なんかは随分寂しかった。少し端が黒ずんだかぼちゃや、割れ目のある人参なんかが、兵士のように転がっている。私はそれらを一つずつ手に取り、少しでもましなものを選んだが、それは遣る瀬無さを増しただけだった。夕飯がわりに半額の焼き芋を放り込んで、私は自転車をこぎながら、その暖かな味を夢想した。母は店であまり焼き芋を買ってこない。ごくたまにふかしてくれる。そんな味を思った。手袋の隙間を縫って冷気は忍び込んでこない。早く帰りたくなっていた。どんどん、段差も構わず漕いだので、家に着く頃には少し暑かったほどだ。

私は期待を込めてレンジに焼き芋を入れた。おそらく今日の朝に調理されたのであろう芋は温める前は白っぽい黄土色で、とても美味しそうには見えない。きっと泣いてしまう。それは困る。私は私を甘やかさなければならない。そこで包んでいた袋に取り出した焼き芋を乗せ、私は待った。

期待は別の形になって成し遂げられた。つまり、焼き芋はネチョネチョしていて甘かったのだ。美味しいのではあるが、何かがおかしい。私はネチョネチョの芋をみた。美しい黄色の、糖分が表面にしっとり滲み出た、立派な焼き芋だ。だけど遣る瀬無さがあった。母の焼き芋はもっと炭水化物のようであったので、私は焼き芋を「そういうものだ」と思い込み、それを期待して口に運んだはずだ。

思っていたよりずっと美味しい。それがますます遣る瀬無い。89円で甘やかすなどできなかった。私の予想をはるかに超えて、焼き芋は甘く、美味しく、ネチョネチョしていた。綺麗に食べきり、ゴミ箱に芋の皮を放り込んだ私はすぐにベットに潜る。思っていた以上の甘さが、腐食させるのだ。私の手足と脳みそを。

 バイトを辞めても私は責められないだろう。いつでも辞める選択肢がある。課題を出さなくても責められないだろう。学費が無駄になるだけで。それこそ授業を休んだって、ましてや学生活動のミーティングをサボったって。誰も私を責める権利なんかないのだ。期待は言い過ぎだけど、失望もされない。ただそういう人なんだと誰も気にかけない。それはとても、焼き芋のネチョネチョした甘さに似ている。

 

翌朝、私は昨日のスーパーで買ったお豆腐を皿にあけた。ヨーグルトに砂糖を入れてぐるぐるかき回し、ウインナーをレンジで温める。私はなるべく動かないように机に座って静かに待った。やるせなさが満ちていた。食べきったゴミは昨日の焼き芋を捨てた袋にまとめて放り込まれる。私はベットに潜り込んだ。今日が始まった、そのことがとても嘘っぽかった。だから私は今日、遣る瀬無さを食い散らかすために、ついぞベットから出なかったのだ。